未来のための哲学講座 命題集

命題集,哲学,思想パーツ集,コンセプト集,真に拠り所とすべき情報群,事実群,処世術集,忘れ去られた夢や理想の発掘

Entries

人間解放の理論のために 見田宗介かく語りき (2)なぜ、夢と希望のある未来が語られることがなくなったのか?

人間解放の理論のために 見田宗介かく語りき (2)なぜ、夢と希望のある未来が語られることがなくなったのか?

 見田宗介(1937、社会学)の言葉を、ご紹介します。個人的利害や社会的立場、思想・信条や好き嫌いなど趣味の違いを超えて、日本と世界の未来を真剣に考えようとする人にとっては、きっと貴重な示唆を与えてくれることと思います。


【なぜ、夢と希望のある未来が語られることがなくなったのか? そこには、科学主義、客観主義の罠と、実存主義、主観主義の罠がある。】
 なぜ、夢と希望のある未来が語られることがなくなったのか? 人が生活の糧を得るには社会の仕組みにうまく組み込まれて生きていかざるを得ないが、そのためには夢や希望よりも、「社会の法則」を「科学的」に知る必要がある(「科学主義」「客観主義」の思想)。また一方、仮に、夢や希望があったとしても、この社会の仕組みのなかでは、その夢は「挫折」を宿命づけられたはかない投企として感受せしめられ、せいぜい、あふれる情念をただ秩序への「怒りの表現」「憎悪の哲学」「闇の衝動」等々といった「ラディカリズム」の反射的盲動のうちに分散してしまう(「実存主義」「主観主義」の思想)。
 なお、科学的で客観的な装いをもった未来予測の類には注意せよ!「外挿法」的な予測や「最適解」的な選択というが、前提にされている社会の構造、取捨された要因、設定された条件、選択された指標などが、どのような根拠で決められているか確認せよ。

[まとめ図]
「科学主義」「客観主義」の罠
 「社会の法則」を「科学的」に知る
       ↓
 社会の仕組みにうまく組み込まれて生きる
       ↓
 効果的に生活の糧を得ることができる

②実は、
 行為者とは別に設定された目的
(行為者の本来の目的は、奪われてしまっている)
       |外的に課される
       ↓
 社会の仕組みにうまく組み込まれて生きる
       ↓
 効果的に生活の糧を得ることができる

「実存主義」「主観主義」の罠
     夢や希望
       ↓
 この社会の仕組みのなかでは「挫折」の宿命
       ↓
 せいぜい、あふれる情念の「怒りの表現」等々
 社会とはかかわらない個人的な世界での満足へ逃避

 「昨今流行の「未来学」なるものが不毛であるのは、未来の構想を「学」の課題として組織的に考察しようとする企図そのものにあるのでは《なく》、その構想の《方法論的基礎》の次元の問題である。ここに詳説するゆとりはないが、その「外挿法」的な予測「最適解」的な選択等々における《指標選択》や《加重評量》の恣意性、捨象され前提される《要因取捨》や《条件設定》の根拠の恣意性、等をしばらく問わないとしても、これらの手法そのものの妥当性の《根拠》と《限界》に関しての、根本的な反省の欠如の上に一般化される限り、それはこの物象化された人間社会の存立構造をア・プリオリに不変のものとして前提することによって、人間の真の未来を開くどころか、逆に未来をとざす意識に他ならぬこと、しかもこの物象化された把握が、一つの《実践の理論》でもあろうとするとき、その人間像は抽象化された《主体人間》と《対象人間》とに分裂せざるをえず、したがって(それがその《主体》についての根本的・かつ具体的な構想によって《包摂》されない限りは)、支配のイデオロギーとして機能せざるをえない論理の構造をもっていること、等々。―――しかしぼくたちは、《このような》未来学への不信のあまり、未来の構想《そのもの》にたいしてシニカルであっては断じてならないだろう。
 すでに以上の行論のうちに示唆されているように、ぼくたちの日常意識が、総体的な未来の構想をあたかも「意味のないもの」として根深く感知するのは、ぼくたち一人一人の生が、まさに諸個人を「自由をもった砂粒」として分断し「集列化」するこの疎外の体系のうちにあることの、根源的な無力感から由来する。
 歴史的総体性にたいするぼくたちの個の無力感は、まず《一方》では、ぼくたち自身の形成するこの総体のメカニズムを、あたかも「自然法則」のごときよそよそしい「歴史の必然性」として示し、このような日常の意識に根ざす「科学主義」「客観主義」の思想は、およそ未来の構想を「意味のない」ものとして措定し、「社会の法則」や「歴史の必然」の「認識」に還元してしまう。
 《他方》おなじくこの無力感は、自己の主体的な行為を、総体のメカニズムのなかで「挫折」を宿命づけられたはかない投企として感受せしめ、このような日常の意識に根ざす「実存主義」「主観主義」の思想は、これまたおよそ総体的な未来の構想を「意味のない」ものとして示し、あふれる情念をただ秩序への「怒りの表現」「憎悪の哲学」「闇の衝動」等々といった「ラディカリズム」の反射的盲動のうちに分散してしまう。
 このようにして、科学《主義》と実存《主義》、客観《主義》と主観《主義》は《ともに》、ぼくたちの総体的な未来の構想への意欲と能力を去勢し、したがってまた、これをテコとしてはじめて可能な、客観世界の総体的な認識とその変革の投企をうち砕き、ぼくたちを永久的に疎外の呪われた輪廻のうちにとじこめる日常意識の魔術にほかならない。」
(見田宗介(1937-)『人間解放の理論のために』序 解放の〈全体理論〉をめざして Ⅰ いかなる未来をめざすのか―――〈目的の理論〉、pp.11-13)



ここまで、目を通して下さり、ありがとうございます。
当ブログは、下記ランキングに参加しています。
もし、当サイトの理念にご賛同いただけましたら、クリックして応援していただければ嬉しいです。
にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ


 さて、まとめとして、ご紹介した見田宗介さんの言葉を、下記に一覧化しておきましょう。

何のための学問、認識なのか? 目的を明確にせよ! そのためには、現に存在するものをのり越えてゆく想像力によって、価値基準を明確に自覚化する。こうしてはじめて、客観的な情況の真に透徹した認識にも到達できる。
なぜ、夢と希望のある未来が語られることがなくなったのか? そこには、科学主義、客観主義の罠と、実存主義、主観主義の罠がある。




(出典:朝日新聞「一編の長編小説のように」見田宗介、初の著作集 2011年11月25日10時44分)

見田宗介(1937、社会学)
真木悠介 樹の塾 掲示板
見田宗介さんの本(amazon)
検索(見田宗介)
ニュース(見田宗介)



命題集 未来のための哲学講座

哲学,思想パーツ集,コンセプト集,真に拠り所とすべき情報群,事実群,処世術集,忘れ去られた夢や理想の発掘。

当ブログは、下記ランキングに参加しています。
もし、当サイトの理念にご賛同いただけましたら、クリックして応援していただければ嬉しいです。
にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ


関連記事
スポンサーサイト

*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

Menu

Entry

Comment

Trackback